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時速36km ASTRO-E2 TOUR @大阪/名古屋

  • 執筆者の写真: Keiko Hisaoka
    Keiko Hisaoka
  • 2020年12月22日
  • 読了時間: 8分

19時30分、ヘッドフォンのボリュームをマックスにしても出ないような爆音が流れて、「起きて食って働いて」いつも通り終わるはずだった1日が一瞬で一生忘れたくない日になった。


絶対忘れないと思った特別な日も、悲しいことに少しずつ日常に上書きされていく。体験した直後から記憶は少しずつ鮮度を失い、感動は薄まっていく。そんなのはあまりにさみしいから、忘れてしまわないように、ここに書き残しておく。





冬の寒さが本格的に身に染みるようになってきた12月20日、21日。ASTRO-E2 TOURと名付けられた時速36kmの初の東名阪ワンマンツアーの大阪公演、名古屋公演に参加した。


新型コロナウイルス感染拡大が懸念される中でのツアー。一時は中止も考えたそうだが、客席のソーシャルディスタンス、メンバーとスタッフ全員のPCR・抗原検査の実施など感染対策を徹底し、遂に開催が実現した。


2020年、地球上に住む全員にとって大なり小なり過酷な一年だったと思う。例に漏れず、私にとっても困難の多い一年だった。遡ること9月。私はコロナウイルスにより予定していた留学と、それに伴う退職の予定が白紙になった。予定していた人生設計ががらがらと音を立てて崩れた。


その日も眠れなかった。携帯を開くと時速36kmのVo.Gt.仲川がインスタライブで弾き語りをしていた。


”ちょっとした冗談を受け取って一つや二つ返して笑えちゃってるのがおかしくって こわくて 情けないのさ

憂いても何も変わりはしないぜ なんて言葉でこそ何も変わりはしないぜ

テレビの人殺しのゆるふわパーマって あれ どこのどいつが当てたんだろう

瞬きの0.4秒の隙間 ただの幸せなどないと思い知る” (「天使の恋(仮)」より)


私が今思ってることをそのまま言葉してくれていような気がして、深夜三時に号泣した。あの夜の弾き語りが今回のワンマンツアーで時速36kmの曲として披露された。バンドアレンジされたその曲は、もう度肝を抜くくらい格好良くて、思わず叫び出したくなってしまった。


この曲についてVo.Gt.仲川はこう話す。

「テレビ見てたら、殺人犯がパーマかけてたんですよ。かっちょいーパーマを。それ見てね、怖って思ったんです。この人は美容院に行って、このかっこいいパーマをかけてくださいってお願いして、この日もめちゃくちゃかっこよく髪型をセットして、それで警察に連行されてるわけじゃないですか。この人にパーマをかけた人がいて、その人は自分がパーマ当てた相手が人殺しだなんて知らない。物事の裏側みたいなものを感じたんです。


※極端に言うと、人身事故で誰か死んでるなぁって思いながら読む電車の中でのジャンププラスとか。やべぇつらいことあったのに、割と人と会えば、社会生活してりゃあ冗談は言われるし、冗談は受け止めるし。それでなんかまあ、笑えなくもないっていうのはキモっていうか。(※こちらはワンマンツアーではなく、インスタライブから引用) そんな曲です。」


「そんなの考えなくていいじゃんって笑い飛ばす人もいますけど、誰かがどうでもいいことだって蹴飛ばすようなことでも、その人がそのことで悩んでるなら蹴飛ばさなくていい、持っておいていい、と俺は思うんですよね。俺もそうだから。そんな人たちのために、こんな大きい音出してね、演奏してるんですよ」


そのひとに救われた、その人が居たから死なずに生きているというような人がいた。この8年間、再会の瞬間を何度も思い描いてきた。誰に褒められなくても積み重ねてきたことは全部その人と再会するためだった。夢が叶わないと知って、生きる指針を失い、私は途方に暮れてしまっていた。


生きるのに意味なんて無いよと言われればそれまでだが、意味を求めないと生きていけなかった私は、ご飯が食べられなくなって、夜は眠れず、毎日泣いて過ごした。これ以上辛いことなんてないはずだった。それなのに毎日いつも通り仕事に行って、ジョークには笑って普通に生活を送ってしまえた。そんな自分が怖かった。気持ち悪くて、最低だと思った。


それでも”誰かがそんな気持ちでいることを肯定してくれている”という事実だけで、こんなにも人は救われるのかと思い知らされた。私はこの日久しぶりによく眠れた。





今回のワンマンツアーは定員を大幅に超える応募があり、昼間公演の追加、また抽選形式の導入がなされた。彼らがコロナ禍のこの一年の間にどれだけの聴き手を得てきたかということがはっきりと目に見える形で明示された瞬間だった。


それに対してBa.荻野は「俺たち、落選とか送れる立場じゃないんで。」と謙虚にコメント。「デカい箱で、スカスカでも、時速を好きな人たちだけでワイワイ出来る空間を作れたらいいと思ってます。また名古屋でもワンマンやりたいです。だから、…生き延びてくださいね!」


ライブは日常に茂った鬱蒼とした気持ちを刈り倒してくれるものだ。これまでライブに求めていた要素は殆どこういった「ストレス発散」だった。しかし時速36kmは今、「日常を忘れるための音楽」ではなく、もっとやさしい気持ちで、特別な日も”日常と地続きである”ということをより強く意識させてくれる。「NO MUSIC, NO LIFE」という有名な言葉がある。それに対して、時速36kmは「NO LIFE, NO MUSIC」である。音楽の前に生活がある。毎日、普通に生きているからこそライブに行くことができる。


また、Dr.松本は「これまで毎日やることに追われてたけど、コロナで考える時間ができたんですよ。まあ、みんな、そうだと思うんですけど。そこで長い目で自分の人生をこれからどうしていくか考えることもできた。悪いことばっかりじゃなかったんですよ」と話す。このように、今回の疫病は新たな発見や今までだったら考えなかったようなことを見つけるきっかけとしても個人に作用を及ぼしたように思う。


Vo.Gt.仲川はコロナで”ライブをやる意味”を考えたと言う。「”ライブをやる意味”って、人それぞれいろいろあると思うんですけど、俺は自分の為なんですよね。音楽が好きで、演奏することも好きで。でも最近はそれだけじゃないんです。自分の好きな音楽が自分の音楽を通じて誰かの心に届いているのを感じると、すごく愛おしいというか、心がぽかぽかするんです。だから、俺はライブをやってます」


”どれだけ染み込ませたならあの匂いや空気は

俺と生きていってくれる 俺に紛れ込んでくれる あれだけ染み込ませたなら一つのアトムとして 俺の何もかもに紛れ込んで生きていけると思うとしよう” (「アトム」より)


好きな音楽に出会った事実は、もしその音楽を聴かなくなって、歌詞の続きを思い出せなくなっても、自分の一部として残っていてほしい。


それこそ誰かに「そんなこと考えなくていいじゃんー(笑)」と一蹴されそうなことだが、もう会わなくなってしまった友達も、子供の頃に見た夕焼けの美しさも、もううまく思い出せなくなってしまったとしても、それでもわたしの中に残っていて欲しい。わたしの一部になって、ずっと消えないでほしい。わたしの心の中でとても大切なものとして光っていて欲しい。そんな気持ちと歌詞が重なった。


時速36kmの一人ひとりが好きな音楽が、彼らの曲を通じて誰かの心に届き、伝播していく。今生きている人がみんないなくなったとしても、世界にすこしでもその事実が残っていくような気がする。そのことは、ものすごく美しくて、ロマンがあって、驚くべきことだと、私は思う。


個人的な感覚だが、ロックバンドのライブは客席がモッシュやダイブなど熱狂的な状況になることが良いとされていて、逆に静かに聴いているのは「今日のお客さんは大人しいね」と揶揄される傾向にある。それでも今回、二日間を通してGt.Vo.仲川もBa.荻野も口を揃えて「余力を残して欲しい」と繰り返した。


「ここに全部置いていく!みたいな体力使い果たしてクタクタになるライブもいいけど、今は違うと思うんです。明後日は月曜で、仕事ある人は仕事行くだろうし、それぞれに生活がある。余力を残して欲しいんです。今日みたいな特別な日だけじゃなくて生活も大事でしょう。生活がないと特別な日もなくなってしまう。力を使い切ってしまうのではなく余力を残しておいてもらって、元気に暮らして欲しいんです。また会えるように」


二日間のライブの中でこれから先もこの言葉だけはずっと忘れないだろうなと思うほど、あたたかかく愛情深い言葉をVo.Gt.仲川は何度も言葉にしていた。その場の思いつきで話すのではなく、伝えたいことを自分の中で言葉に変換して、目の前にいる人に一番伝わる形で伝えていた。その姿はとても真摯で、聴き手の心に届いているのが手にとるようにわかった。


「今日ここにいるあなたのことが好きです。例えあなたが極悪人になっても、それは変わらないです。あなたのことを肯定したい。」


「死にたい」なんておおっぴろげに話せないし、そんなことを言ったら大抵の人は異常だと言うだろう。メンヘラ、なんて言葉にカテゴライズされて”キャラ”にされる可能性も拭えない。でも、死にたい気持ちですら彼らは肯定してくれる。


「少しだけ いつも死にたいのは 悲しいかな とてもまともなことだ」(「真目」より)


100人いたら100人全員に好かれようとしている音楽ではない。相手にしているのは100人のうちたった5人かもしれない。でもたったその5人を確実に救おうとしている音楽に、私は心を揺さぶられる。現に死にたいなんて一度も思ったことがない人の方が多い(はず)の世の中で、これだけの人が今時速36kmの音楽に夢中になっている。そのことが嬉しい。


「あなたが生きていてくれたら嬉しいんですよ、ほんとに。…みんなが笑わずに聞いてくれて嬉しいです。生きててくださいね」と力強い目で柔らかかい言葉を放ってくれるひとが今ステージに立っていてくれてよかった、と心の底から思った。


”あなたが生きていてくれたら嬉しい”。周りにいる大切な人たちが自分に対して当たり前にそう思っていたとしても、その当たり前が言葉にされることはそうそうない。


もし私がまだ中学生で、初めて行ったのがこのライブだったらそのあとの人生がすごく変わっていたと思う。大袈裟ではなく今日会場にいた誰かのこれからが昨日までとはまったく違うものになっているはずだ。





どこまでもエモーショナルで、どこまでもリスナーへの愛をひしひしと感じるロックンロールアクトだった。


この大事な夜が、私の何もかもに紛れ込んで、この先ずっと私の一部として生きていってくれることを願う。




 
 
 

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